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☆魅☆鉄路悠悠 ブログトップ

三岐鉄道北勢線<懐かしのガタンコ電車です。 [☆魅☆鉄路悠悠]

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三岐鉄道北勢線阿下喜駅構内に懐かしの「ガタンコ電車」を見かけました。

次へと進みます。(^_^)v。。


近鉄ハイキング「酒蔵みてある記2010」名張編<番外編です。 [☆魅☆鉄路悠悠]

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榊原温泉口駅の構内です。停車中の乙特急「サニーカー」の横をノンストップ(甲)特急「アーバンライナー」が大阪を目指して通過していきました。何故にこんな所で鉄道車輌を写真撮影する事になったのか。これには悲しい理由が。(^_^;)。。

次へと進みます。(^_^)v。。


鉄路で悠々もまた格別です。 [☆魅☆鉄路悠悠]

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MYblogも累計閲覧数140万pvを突破したのでこの際blogの見直しを行いました。新たに鉄道に関するカテゴリーを設けることにしました。今まで紹介させていただいているように水郷はプチ鉄なのです。

次へと進みます。(^_^)v。。


鉄路は東へ。。近鉄名古屋線開通70周年となります。 [☆魅☆鉄路悠悠]

以前に紹介させていただいた記事ですが、蟹江町歴史民俗資料館で特別展が開催されますので再度アップさせていただきます。 

久々に鉄道ネタを。。蟹江町内を東西に貫通する近鉄名古屋線が6月26日で開通70周年を迎えます。近鉄蟹江駅もこの際「関急蟹江駅」として開業し、以来70年間いろんな時代をかいくぐってきました。今までの写真をもとに近鉄名古屋線の歩みを紹介してみましょう。

次へと進みます。(^_^)v。。


鉄道開通110年のあゆみ<番外編:大阪紀行 後編です。 [☆魅☆鉄路悠悠]

近鉄発祥の地、上本町「上六」界隈です。今から約90年前に上本町と奈良間を結ぶために設立されたのが大阪電気軌道(大軌)で、その後奈良県地方に路線を延ばした後、子会社参宮急行電鉄の手により伊勢平野へと進出しました。やがて名古屋まで進出して今日の日本一の大私鉄、近畿日本鉄道(略して近鉄)へと発展、上本町は「ミナミ」の繁華街難波まで路線を延長するまで長らく大阪東の玄関、近鉄の拠点としての役割を果たしていました。 

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鉄道開通110年のあゆみ<番外編:大阪紀行 前編です。 [☆魅☆鉄路悠悠]

なんともど派手な電車が近鉄蟹江駅に停車していました。。これが最近流行のラッピング電車というものらしいです。。名古屋行き急行ということで通勤・通学される多くの方がこの電車へと。。水郷はその反対側のホームで中川行き急行を待っておりました。本日は近鉄電車を利用して大阪まで。

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鉄道開通110年のあゆみ・近鉄名古屋線編 [☆魅☆鉄路悠悠]

先週のJR関西本線に引き続き鉄道ネタを。鉄道開通110年のあゆみと言うことで、今週は第2段として蟹江町を走るもう一つの路線である近鉄名古屋線をご紹介します。

まるで、天空へと線路が続いて銀河鉄道999が発着しそうなコンクリート製の謎の橋が今でも弥富町に残っています。昭和13年の近鉄名古屋線開通から昭和34年の新木曽川鉄橋完成まで線路として使われていた橋の一部がそのまま残されたものです。かつては、この地点で関西本線をオーバークロスしていました。

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鉄道開通110年のあゆみ・JR関西本線編 [☆魅☆鉄路悠悠]

 昨日もご紹介しましたが、只今蟹江町歴史民俗資料館では「鉄道開通110年のあゆみ」という特別展が開催されています。明治28年11月7日、関西(かんせい)鉄道によって名古屋~草津間が開通してから110年が経過しました。それからの110年間の鉄道と町の歩みを紹介した特別展です。

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間もなく鉄道開通110年。<JR関西本線・近鉄名古屋線> [☆魅☆鉄路悠悠]

 本日は鉄道ネタを。蟹江町には2本の鉄道が東西に走っています。こちらは明治26年(1895年)に開通した関西本線。前身は関西鉄道という私鉄でした。最初の路線名古屋~草津間が開通してから110年を間もなく迎えます。その後、途中の柘植から路線を延ばして奈良へと進出。奈良~大阪間を既に開通させていた大阪鉄道を吸収して名古屋~大阪間で、当時の官設鉄道・東海道線と激しい乗客争奪合戦を繰り広げました。片道分のお弁当をお客に振る舞ったりした過剰サービスが有名など今の自由競争原理をいち早く取り入れた鉄道会社でもありました。その後国有化されてまったく近代化されずに、距離的には名古屋~大阪間の最短距離を結んでいながら路線の3分の2以上が単線。そして2分の1が電化されていないというローカル線となっています。蟹江町内もやはり単線部分が続いています。写真は佐屋川橋梁を通過する「快速みえ」です。橋脚は明治26年開通当時のもののようですね。

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